活動紹介−活動報告

【08.06.05】荒崎水害裁判の傍聴

原告(被害者)の生の声に衝撃

  災害は、離れて見ていて、報道の情報だけでは、実感としてなかなか伝わりません。今日は大垣荒崎地区で水害に遭われた住民が起こしている裁判の傍聴をしました。(荒崎水害については5月30日の記事を参照)
証人台に立たれたのは、お二人の女性でした。最初のKさんは、やや年配の方で、昭和45年以来、4度の水害に遭っています。大垣市からの案内で新築した家が1年で床上浸水になりました。そのたびに家具や家財などを失いました。浸水と言っても泥水や汚水がしみこんで、シミや匂いがいつまでも取れない。床下は水が付いて木が腐り、シロアリにも喰われ、あげくは座敷の土壁からキノコがいっぱい生えてきたと言います。しかし、他に移るにも土地代・建設費はなく、結局改修しながら住んでいる。雨が降ると怖くて眠れない。早く安心して暮らせるようにしてほしい。と涙ながらに訴えられました。昭和45年の時に県や国がしっかり対策を取っていれば、Kさんもこんなに余分なお金を使うこともなかったのです。

  2人目は、40代くらいのSさんでした。平成2年にハウジング会社の仲介で、ご両親との同居のために荒崎地区に家を建てられましたが、その際、過去に浸水被害が出ているところだとは、まったく聞かされなかったそうです。新築した直後に1回目の床上浸水の被害に遭いました。さらに平成14年にも床上80センチの浸水でした。高齢のお母様は、パニック状態になり、たぶんそれもきっかけとなって重度の認知症になり、精神病院に入院される事態になりました。看護師であるSさんは、災害後4日目には勤務に戻り仕事と後片付け、お母さんの認知症状への対応という過労の中うつ状態になります。そしてちょうど高校生で受験を控える娘さんは、精神が不安定になりついに自ら命を絶たれてしまいました。Sさんは「あの時はくたくたで休めませて、寝かせてと娘に言ってしまった。親として私がもっと受けとけていればよかったのに・・」と言葉を詰まらせました。

  私は、娘さんの自殺は、決してSさんのせいではないと思います。もし、1回目の水害のあと、ちゃんとした対策が取られていれば・・Sさんの職場がもっと充分災害後の休暇を与えていれば・・被災者の方々に対する精神的な面も含めたケアが充分されていれば・・荒崎水害は「人災」と言われるゆえんです。洗堰はやっと、平成14年から着工し、昨年かさ上げ工事が完成しました。しかしこれまで失われたものは大きすぎます。昭和40年代後半から平成に入ってもなお、河口堰や徳山ダムの建設は膨大な経費をかけて作り続けました。過去の不作為を住民に謝罪し、補償するのが県の示すべき姿勢です。
写真はすべて、岐阜県豪雨災害(平成14年)から取りました。笹田トヨ子市議会議員も取り組んでいます。笹田トヨ子さんのHPはこちら

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